お父さんはウォッカ(モンゴルではお客さんにウォッカを振る舞う)を
飲む前に、東西南北それぞれの方向に指で弾いて、
空の神さまにまず飲んでもらってから自分が飲むようにしていた。
わたしが持って行ったでんでん太鼓は
仏具で似たものがあるらしく、大喜びで
神さまエリアに飾ってくれていたのだけど
お父さんはそれを持って、空の神さまへの祈りを見せてくれた。
「何て言ってるの?」と聞くと
「空の神さまを褒める言葉をたくさん言ってるんだよ」と。
そして、
「これを毎日やるとモンゴルだけじゃなくて、
日本も、そして世界中の気候が安定するんだよ」とも。
「今年の冬はとても厳しくて家畜がいくつか死んでしまったんだ」
そう言ったお父さんの寂しそうな顔が忘れられない。
自然の影響をもろに受ける生活。
それがここで体験した一番大きなことだった。
人も動物も自然には決して逆らえない。
それを前にしては謙虚になるしかなくて、
従って共存するしかない。
厳しい冬を知っている彼らだからこそ
その後にくる春・夏に感謝することができる。
1日、2日と経つうちにわかってきたことがあった。
最初は枯れ草ばかりだと思った草原によく見ると
小さな青い草が生え始めていた。
風はまだこんなにも冷たいけど、
確実に草原の夏は近付いている。
「5月20日に草は青々とするよ」とお父さんは言った。
なぜ20日?と思ったけれど、
ゲルに差し込む陽の光で時間を当てたお父さんのことだ。
本当かもしれない。